家族の借金

親戚からもらったお小遣いは親に没収されるのが当たり前だった

借金だらけの極貧家庭で生まれ育った私は、子供の頃、親から「お小遣い」というものをもらったことがありませんでした。

そればかりか、たまに現れる親戚のおじさんやおばさんが「おもちゃでも買いなさい」と言ってくれたお小遣いも、おじさん達が帰ったあとに当然のように母親に取り上げられたのです。

母親が子供のお小遣いを取り上げる

子供の頃の私は、うちにはお金がないのだからお小遣いを没収されるのは当たり前だと思って納得していました。

でも、よく考えると、親戚が私にお小遣いをくれるような日は、決まって母親が親戚から借金している日なのです。

どういうことかというと、母親はいよいよ生活がやばくなると、自分の兄弟に連絡をして「助けてくれ」と言います。

そうすると、おじさんおばさん達は、仕方なく遠方から車に乗ってやってくるのですね。

そして、ひとしきり母親の泣き言を聞いて(その間、私と兄は外に遊びに行かせられる)、「しっかりやれよ」という感じのことを言って、母親にお金を渡していたのでした。

遊びから帰った私と兄には、ポチ袋に入ったお小遣いが渡されます。

中身は数千円だったけど私にとっては大金でした。でも、すぐに没収されることは分かっているから、「ありがとう」と言いながらも、特に嬉しいという感情は湧かなかった…。

母親の行動が分かっているかのように「お母さんに取られないようにね」と小声で囁くおばさんもいました。

しかしそんな言葉に意味は無いのです。

親戚が帰ったあとに「お小遣いは預かっとくよ」と母親が言った時、どうやって拒めば良いのか私も兄も分からなかったし、そのお金が全てパチンコで消えることが分かっていても、一瞬でも母親が嬉しそうな顔をするのを見たかった。

おじさんおばさんからお小遣いを受け取った瞬間に頭をよぎるのは「お母さん喜ぶかな」という淡い期待で、自分が欲しいものが買えるとかの期待は特にありませんでした…。

誕生日もクリスマスも無かった

思い返せば、誕生日もクリスマスもまともにやってもらった事がないです。

お金がないのだからやれないのは当たり前だし、特に恨んではいないけど、それでも思い出すと寂しいですね。

その日をどうやって過ごしていたのか思い出せないものの、普段、テレビや漫画でみる誕生日やクリスマスの光景が羨ましくて、普通にお祝いが出来る家庭にものすごく憧れていました。

あまり裕福そうには見えない「ちびまる子ちゃん」でさえ、私にとっては羨ましくて仕方ない存在でした。

子供から金を取り上げる親は最低

私が大人になって、仕事をするようになると、母は今度は給料を取り上げるようになりました。

最初はお給料からいくらか金額を決めて渡すのですが、渡すとすぐにパチンコに使ってしまうので、1,2週間すると「お金が無い、ちょっとで良いから貸して欲しい」と言ってくる。

自分の子供からどんどん金を巻き上げる親の気持ちは全然分からないけど、自分の母親がそういう風に言って来ると、どうしようもなくて渡すしか無かったです。

渡しても渡しても「貸してくれ」と言われて、「もう財布がカラだ」と言うと「消費者金融で借りて来てくれ」という。

そこまで最低な母親って他にいるのでしょうか。

自分の母親ながら本当に腐ってると思うけど、でも実の母親だから見捨てられないのが悲しいところ。

家族から金が借りれなかったら、町内会の集金を使い込んだり家賃や光熱費を払わず使い込んだりするから、結局穴埋めのために私や兄まで借金を重ねてしまったのでした。

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金にだらしない親は全てにだらしない

貧しい家に生まれた子供は大変だけど、親がしっかりしていれば、貧しくても救いがあると思います。

現に、母子家庭でも借金やギャンブルとは無縁で、真っ当に子育てしているお母さんってたくさんいますからね。

でもお金にだらしない親を持つと、どんなに状況が好転しても、それを親が破壊してしまって幸せになる事が出来ない分不幸なのではないでしょうか。

金銭的に余裕を作るために働いても稼いでも、それをパチンコに使ってしまう母親がいるのですから。

大体お金にルーズな人っていうのは生活全般だらしないです。

私の母は家事をほとんどせず、床はゴミで埋め尽くされていて、引き出しは常に半開きで服や下着がはみ出している状態。台所には汚れた食器や調理器具が積み重なり、ゴキブリが大量発生してました。

小学校3年生くらいから掃除洗濯料理が全て私の役割になりましたが、土日で同級生が楽しそうに近所で遊んでいるのを見ながら、たまりにたまった洗濯物を延々と干していたときは寂しかったです。

自分の子供の頃を思い出すとつらくて、タイムマシンがあったら助けに行ってやりたいとさえ思います。

1日の食事が給食だけで、その給食さえ集金を払っていなくて督促状みたいなプリントを担任から渡されて、肩身の狭い思いをしながら食べていた子供時代に戻って、子供の頃の私と兄に好きなだけ美味しいものを食べさせてあげたい…。

母親はギャンブル依存症だと思いますが、本人が絶対に認めないから病院に連れて行けませんでした。

それに、何度約束しても隠れてパチンコをするから、家族の中で問題解決しようにも、どうにもならなかったですね。

65を過ぎた今ではさすがにマシになりましたが、それでも、やっぱり隠れてパチンコに行っている日もあるみたい…。

まぁ今は自分の稼ぎで自分の生活を守っているだけで、年金も振り込まれるし、少々パチンコにお金を使っても困らないのかも知れません。

私は母親が反面教師となってか、ギャンブルに対して嫌悪感を感じて、今までパチンコをしたこともないし、死ぬまで絶対にやりません。

今現在、母とは仲良くしていますが、昔の頃を思い出すと複雑な思いがこみ上げてきてしまいます。